もう千葉を制したチームに全国制覇してもらうしかない!

試合終了、のはずだった。
 
9回表、2死三塁。千葉明徳・岩泉諒の打球はサードへのゴロ。内山斗夢ががっちりつかむ。この時点では、誰もがゲームセットを予想した。しかし――。
 
送球は高くそれ、三塁走者は生還。同点となる。この後、さらに専大松戸・上沢 直之 に不運が襲った。
続く鈴木 康平をスライダーで三振に打ち取るものの、ワンバウンドを捕手・大山星也が後逸(記録は暴投)して振り逃げに。2死後、1ストライクから代打に出てきた堀義貴への初球がワンバウンドとなってこの回2つめの暴投。勝ち越しまで許した。
 
実は、このときの大山は「熱中症で意識が朦朧としていた」(持丸修一監督)。本来のプレーができる状態ではなく、いつもは止められるワンバウンドを逸らしてしまった。この2人の異変は10回も続き、1死二塁から大山が捕逸、2死二、三塁から内山が悪送球で2点を与えている。
 
試合後、上沢は「打線に助けられました。負けなくてよかったです」と自らに“非”があるかのような発言をしたが、投球内容自体は、十分、プロ注目の名に恥じないものだった。
 
スピードは140キロを記録。だが、それ以上に目を引いたのはカーブ、スライダーの変化球だった。 もともとリリースポイントが高くて早いため、変化球を投げるのには適したフォーム。さらに、187センチの上背。いずれも縦に変化するため、打者からすれば、かなり高いところから落ちてくるように見える。
 
目線を上から下にずらされ、千葉明徳打線はまったく手が出なかった。延長10回まで毎回の16奪三振。9回までの5安打のうち、実質的な安打は3本しかなかった。
「組み合わせが決まった6月の中旬から『低めの球には手を出すな。見逃し三振してもいい』とずっと言ってきたんですが……。それでも、振っちゃいましたね」(千葉明徳・宮内一成監督)
 
ベース寄りの捕手寄りに立ち、低めを見極める作戦だったが、上沢のキレがそれを上回った。

小学生のときはサッカー少年。野球を始めたのは中学生からで、投手歴も5年と浅い。それだけに、これまではたびたび経験不足が顔をのぞかせたが、この日は違った。
2回には無死一塁から、送りバントを自ら二塁へ悪送球(記録は犠打野選)。さらに犠打と四球で1死満塁のピンチを招くが、ここから連続三振。8回にはレフト線へ明らかなファールの打球をフェアと判定され、さらに捕逸で無死三塁となるが、2、3、4番を打ち取り無失点。「以前なら崩れていた場面」(小林一也コーチ)でも、気迫の投球で踏ん張ってみせた。
「チームの雰囲気が下降していたので、点を上げたらいけないと思って気合いで投げました。審判が決めたことはしようがないことなので」(上沢)
 
四番の堂田陽介をストレートで空振り三振に取ると、雄叫びを上げ、ガッツポーズを見せた。もうひとつ、成長を感じさせたのが8番・中村優斗への攻め。中村には4回、2死二、三塁から先制の2点打を許している。このときは初球、2球目と外角スライダーにまったくタイミングが合わないのを見て、外角一辺倒の投球。第1打席も外角スライダーで三振を奪っているため、カウント3-2から最後に外角スライダーを選択したのは悪くないのだが、力んで高めに入った分、バットに当てられてしまった。
 
だが、7回の打席では初球が内角ストレート(ストライク)、2球目が内角スライダー(空振り)。まったく異なる配球で内角を意識させておき、最後は外角ストレートで空振り三振に斬って取った。前の打席を踏まえ、頭を使って投げているのが伝わってくる攻めだった。
 
ただ、気になるのが春の大会時から持丸監督に指摘され続けている球数の多さ。この試合も9回で155球。10回まで186球を投じた。三振が多いだけに自然と球数も増えるが、例年以上の猛暑となっている夏だけに減らしたいところだ。
 
この試合は『1日3試合が予定され、そのゲームがその日の最終ゲームでないときは、試合時間が3時間30分を経過した場合は延長戦の新しいイニングには入らず、再試合を行う』という千葉大会特別規定により延長11回引き分けになった。気温33度のうえに人工芝。体感温度はさらに上がる。大山が熱中症になったのをはじめ、神宮や千葉明徳の飯塚耕平など一塁へ走る際に足をつった選手も見受けられた。鈴木康も186球で完投。15回までやっていたら、さらに体調不良やケガ人が出ていた可能性もある。
 
9日には広島大会の広島井口対広島工大高戦で12人が熱中症で倒れた。最終的に広島工大高は選手不足で試合途中で棄権。13回まで7対7と接戦を展開していたが、試合を続けられなくなるという悲劇も生まれた。今後も地球温暖化による猛暑、酷暑は避けられない。夏の高校野球の開催方法を見直す時期にきているのかもしれない。
 
再試合は翌日(13日)。この試合に勝てば、大会序盤にして早くも12日から3日連続の試合となる(1回戦から登場の千葉明徳は5日で4試合)。専大松戸には同じく140キロ近い速球を投げる林田 かずなもいるが、苦しい戦いは避けられない。
「ピッチャーは他の人の夢も背負っている。自分が逃げるのは簡単ですけど、逃げない。絶対に気持ちで負けません」と言う上沢。不運にも、過密日程にも負けない気持ちの投球に期待したい。